今回はタランチュラのHysterocrates属に関して書いていきます。


この属のタランチュラは「カメルーンレッドバブーン」や「カメルーンブラウンバブーン」、

「ラスティレッドバブーン」などと呼ばれています。

アフリカ原産の茶色いタランチュラです。


まずは全種類見ていきましょう。



Hysterocrates affinis

(nomen dubium)


Hysterocrates apostolicus

分布域:サントーメプリンシペ


Hysterocrates celerierae

分布域:アイボリーコースト


Hysterocrates crassipes

分布域:カメルーン


Hysterocrates didymus

分布域:サントーメプリンシペ


Hysterocrates ederi

分布域:赤道ギニア


Hysterocrates efuliensis

分布域:カメルーン


Hysterocrates elephantiasis

分布域:コンゴ


Hysterocrates gigas

分布域:カメルーン


Hysterocrates greeffi

分布域:カメルーン


Hysterocrates greshoffi

分布域:コンゴ


Hysterocrates haasi

(nomen dibium)


Hysterocrates hercules

分布域:ナイジェリア


Hysterocrates laticeps

分布域:カメルーン


Hysterocrates maximus

分布域:カメルーン


Hysterocrates ochraceus

分布域:カメルーン、コンゴ


Hysterocrates robustus robustus

分布域:赤道ギニア


Hysterocrates robustus sulcifer

分布域:カメルーン


Hysterocrates scepticus

分布域:サントーメプリンシペ


Hysterocrates sjostedti

分布域:カメルーン


Hysterocrates spellenbergi

(nomen dubium)


Hysterocrates vosseleri

(nomen dubium)


Hysterocrates weileri

分布域:カメルーン





いかがでしょうか。ご覧の通り、カメルーンがカオスです。

nomen dubiumとは疑問名と呼ばれ、不明確な学名です。



nomen dubiumを除くとカメルーンには

H. crassipes、

H. efuliensis、

H. gigas、

H. greeffi、

H. laticeps、

H. maximus、

H. ochraceus、

H. robustus sulcifer、

H. sjostedti、

H. weileri

の10種類が分布しています。そして日本がHysterocratesを輸入している国は主にカメルーン。(たまにトーゴ便できたりもしますが。)


そしてどの種類も非常によく似ています。ということは、繁殖させる際に雑種ができてしまう可能性があります。怖いですねぇ。


とりあえずカメルーンに分布域を持つ種類の同定方法について探っていきましょう。



Hysterocrates crassipes

流通名:カメルーンマウスブラウンバブーン

分布域:カメルーン


Hysterocrates gigas

流通名:カメルーンレッドバブーン

分布域:カメルーン


Hysterocrates laticeps

流通名:カメルーンラスティレッドバブーン

分布域:カメルーン




まずはこれら3から。これらはPocock氏によって1897年に記載されました。


Pocock, R. I., 1897. On the spiders of the suborder Mygalomorphae from the Ethiopian Region, contained in the collection of the British Museum , Proceedings of the Zoological Society of London 65(3): 762-774, Pl. XLI-XLIII


この論文によるとこれら3種のメスの見分け方として、



H. crassipes

  第4歩脚は太く、

  歩脚脛節は膝節や腿節端と同じ太さで、

  それぞれの節の幅は長さの1/3を大きく超える

  触肢跗節は基部で少し膨らむ


H. gigas、H. laticeps

  第4歩脚は細く、歩脚脛節は腿節端より細く、

  それぞれの節の幅は長さの約1/3

  触肢跗節は基部での顕著な隆起はない


 H. gigas

  背甲は非常に長く、長さは幅を著しく超える

  背甲の長さは第1歩脚の脛節と前跗節の長さとほぼ等しい


 H. laticeps

  背甲は短く、長さは幅を超えない

  背甲の長さは第1脚の脛骨と前跗節の長さより短い


といった感じ。


まず大事なのは第4歩脚の太さ

太ければH. crassipes、細ければH. gigasかH. laticeps。

ここでいう「太い」の基準はそれぞれの節の1/3を超えるか否か。

また、H. crassipesの触肢跗節は基部で少し膨らむのに対しH. gigas/H. laticepsにはその膨らみがない。


そしてH. gigasとH. laticepsの違いとしては背甲の長さ

長ければH. gigas、短ければH. laticepsとなる。

ここでいう「長い」の基準は長さが幅を超えているか否か。また、第1脚の脛骨と前跗節の長さと同等か短いか。


まとめると以下の通り。




オスの見分け方としては


H. crassipes

  第4歩脚の膝節と脛節は第1歩脚の同じ節よりも長い

  第4歩脚の腿節は背甲の幅よりもかなり長い  



H. gigas、H. laticeps

  第4歩脚の膝節と脛節は第1歩脚の同じ節よりもやや短い

  第4歩脚の腿節は背甲の幅とほぼ等しい



 H. gigas

  背甲の幅は狭い

  長さは幅を超える


 H. laticeps

  背甲の幅は広い

  長さは幅を超えない



まずは第4歩脚腿節が背甲幅を超えているか否か。

超えていればH. crassipes、ほぼ同じであればH. gigasかH. laticeps。


H. gigasとH. laticepsの違いは背甲の長さと幅の比。これはメスと同じくH. laticepsが長さと幅が同じくらいなのに対しH. gigasは長い。


まとめると以下の通り。







カメルーン ブエア産メス (おそらくH. crassipes)。








続いてほかの種類もみていきましょう。


Hysterocrates efuliensis

流通名:エフレンバブーン

分布域:カメルーン Efulen


本種はSmith氏によって1990年に記載されました。

Smith, A. M. 1990. Baboon spiders: Tarantulas of Africa and the Middle East. Fitzgerald Publishing, London, pp. 1-142.

この論文にはHysterocratesのカメルーンでの分布域地図が載っています。
以下が論文に従い作成した地図です。



efuliensisはPhoneyusa属として記載がありました。

laticepsに関してはカメルーンでは書かれておらず
お隣ナイジェリアには書かれていました。

この論文ではHysterocratesの様々な種類についての説明がありました。
H. laticepsの説明欄には分布域にカメルーンがしっかりとあったのでカメルーンに分布していることは間違いないが詳細な場所はわからなかった、ということみたいですね。

efuliensisは説明として

第4歩脚は第1歩脚よりやや太い
背甲は幅より長さの方が大きい
触肢は脛節より長い
第1歩脚に6つの棘がある
第4歩脚の跗節は分かれない
転節の上に鉤状突起を列状にもつ

などなどが書かれていました。イラスト付きなので論文のイラストを見た方が分かりやすいと思います。この属Phoneyusaに関しては分類学上混乱した状態であるとされ、科学的価値がないとまで言っております。Hysterocratesとの違いも特筆されていません。

その後2015年に本種はHysterocratesとされました。

Gallon, R. C. & Wendt, I. 2015. On the taxonomic placement of four African Phoneyusa species (Araneae, Theraphosidae, Eumenophorinae). Arachnology 16(8): 298-304. 


理由としては精嚢がHysterocratesの種と似ているからだそうです。

産地は2015年の時点でも種小名の由来であるカメルーンEfulenのみだそうです。




Hysterocrates greeffi

流通名:なし

分布域:カメルーン


Karsch氏によって1884年に記載された種です。

Karsch, F. 1884. Arachnoidea. In: Greeff, R. (ed.): Ueber die Fauna der Guinea-Inseln S. Thomé und Rolas. Sitzungsberichte der Gesellschaft zur Beförderung der Gesamten Naturwissenschaften zu Marburg 2: 60-68, 79.

当時はSelenocosmia属でしたがその後先述したPhoneyusa属となりHysterocratesとなりました。原記論文での説明は以下の通りです。英語ではなくドイツ語でしたので翻訳ミスあればすみません。


背甲は幅より長さの方が大きい
前列の真ん中の眼が最も大きい頭胸部は中央が幅よりかなり長く
体全体が短い触毛で密に覆われ,歩脚の両端部も長い触毛で覆われている
体長は47〜69mm
触毛の色はねずみ色、暗褐色、黒色
大顎の内縁は角ばっていて、その内側は平らである
上顎の内縁は赤みが強く、長い触毛がある。
腿節、脛節、跗節は平行で幅の広い2本の突起がある
リッケンには2本の平行で幅広い無毛の縦縞がある
膝節は前方2対と後方2対に曲線模様があり、前方2対は内側,後方2対は外側
前部は中央部まで直線的
第4歩脚の跗節は中央部までしかない
跗節は脛節より少し長い
頭胸部の長さは30mmで幅は最大のところで23mm
第1歩脚の62 mm、第4歩脚は65 mm

などなど。詳しく書かれていますが近縁種との違いはよく分からず。
産地情報は後の他論文を見てもカメルーン以降の情報が見当たらずでした。



Hysterocrates maximus

流通名:なし

分布域:カメルーン Bibundi


原記論文はStrand氏の1906年のもの。


Strand, E. 1906. Über einige Vogelspinnen und afrikanische Spinnen des naturhistorischen Museums zu Wiesbaden. Jahrbücher des Nassauischen Vereins für Naturkunde 59: 1-45.


これまたドイツ語。そろそろ頭痛がしてきました....

一応こんな感じ。


Hysterocrates laticepsとよく似ている
歩脚に長い赤褐色~金黄色の突起があることでH. laticepsとの判別は可能
laticepsの場合これに対し褐色で、先端にかけては淡灰色~淡緑色
脛節はlaticepsより細い
脛節に14本の突起があり、大小がある
laticepsは12本でありどれも同じ大きさ
大きさはlaticepsとほぼ同じ
しかし各比率は異なり、例えば第1歩脚と第2歩脚の比率は異なる

などなど。頭痛がしたのですべては訳せていませんが大体こんな感じ。laticepsとの違いが分かりやすいですね。産地はカメルーンBibundiだそう。




Hysterocrates ochraceus

流通名:なし

分布域:カメルーン、コンゴ


Strand氏によって1907年に記載されました。

まーたドイツ語...勘弁してくれ

一応。

大顎に大きな顆粒状突起があることと
各サイズなどが近縁種から逸脱している
体色は基本的に暗赤色、基部の触毛は灰茶から赤褐色
歩脚の触毛は膝節及び腿節後方のみに見られる

などなど。


産地情報はカメルーンのみ。
その後の論文によってコンゴも追加されましたがカメルーンでの詳細な産地はなさそう。





Hysterocrates robustus sulcifer

流通名:なし

分布域:カメルーン


基亜種は赤道ギニアの種類で、それのカメルーン亜種。

元々sulciferaと、最後にaを付けていたみたい。


Strand氏によって1908年に記載されました。ドイツ語だったので2019年の論文を読んでみたところ


カメルーン産の保存状態の悪い雌1匹がホロタイプで分類学的な判断は行わないとかかれていました。非常に怪しい分類のようです。





Hysterocrates sjostedti

流通名:なし

分布域:カメルーン


Thorell氏によってLycotharses属として1899年に記載されました。

先ほどのefuliensis原記論文に詳しく書いてあったのでそちらを読んでみます。

そもそも原記論文の言語がわからなかったです。スウェーデン語??


私は英語とドイツ語を少々しか勉強していませんので他言語はしりません。

中国語くらいなら若干読めるかもしれませんが。


さて、Smith氏によるとホロタイプが指定されておらず分類学的価値が低いと一蹴されております。あらま。最近の論文でもあまり扱われていない種類で、ちょっと怪しいですね。


Strand氏によると

「第2、3歩脚先端から下が丸状であると記載されているが私はそうは思わない」

「第4歩脚の脛節+膝節は第1歩脚より長いと記載されているが私はそうは思わない」

みたいな記載がありました。ケンカはやめて。


産地情報はカメルーンのみ。






Hysterocrates weileri

流通名:なし

分布域:カメルーン



残念。ドイツ語。


Strand, E.1906. Über einige Vogelspinnen und afrikanische Spinnen des naturhistorischen Museums zu Wiesbaden. Jahrbücher des Nassauischen Vereins für Naturkunde 59: 1-45.


一応読んでみると

第1歩脚が第2歩脚より長い

胸部第1節と第4節はほぼ同じ長さで、

第4脛節は比較的幅広い

体長が小さい


H. sjostedtiとの違いは

膝節+脛骨が第1歩脚のものより第4歩脚の方が長いこと(さっき出てきた話ですね)


などなどかかれていました。(ドイツ語論文の翻訳が段々雑になっているところは触れないで)






まあこんなかんじで怪しい分類もあったりして混沌としている分類です。


ちゃんとこれら論文をすべて読んだとしても、情報が不十分で同定できない種類がいくつかあります。

繁殖は控えたほうがよさそうですね。



いくつかの種類の産地が論文で明記されていない以上、詳細な産地情報が分かっていても同定は厳しいです。

某国ではHysterocratesの繁殖はタブーにまでなっているそうです。


強いて繁殖したいとなればWCメスからの持腹繁殖個体の兄弟同士での繁殖くらいだと思いますがそれを販売する際にテキトーに学名を付けてはいけません。

それかmDNA検査するとかもありますが現実的ではないですね。


なかなか厳しいグループだと思います。


というわけで煮え切らない感じになりましたが要約すると
とりあえず繁殖は控えた方がよさそう、との結論でした。